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甘美な青春ミステリ『〈小市民〉シリーズ』をオススメする理由

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スイーツだけど、どこかほろ苦い。そんな雰囲気をプンプンに漂わせているのが、作家・米澤穂信の『春期限定いちごタルト事件』を始めとした青春ミステリ小説、〈小市民〉シリーズ。主役級の二人の少年少女がごく一般的な〈小市民〉を目指すことが目的なのだけど、にっちもさっちもいかないところが面白い。

 

今年12月に新たな短編の発表が決まり、テンションが上がってきた次第なので、知らない人のためにも〈小市民〉シリーズの魅力をつらつらと記してみよう。

 

※トリックのネタバラシはありませんが、若干ネタバレになるかもしれない部分がありますので、未読の方はご注意ください。

 

 

 

〈小市民〉シリーズとは?

冒頭でも説明したとおり、〈小市民〉シリーズは、少年・小鳩常悟朗と少女・小佐内ゆきの二人が〈小市民〉を目指す過程でいろいろな事件に巻き込まれ、解決していく青春ミステリだ。あくまで青春ミステリだと思っている。

 

本格ミステリがフレンチだとしたら、本作は大衆イタリアン程度の手軽さとオシャレさがある。それで高級店並みに美味しいんだから、これはもう読むしかなかった。

 

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

 

「春」の話。最初の話というだけあって、単巻完結で読みやすい。

 

タイトルから推測できるように、本作は「春」「夏」の名前を冠して連綿と続編が刊行されている。現在は「秋」まで出ていて、そろそろ「冬」のウワサが始まっても良いのでは? という段階。ちなみに『秋期限定栗きんとん事件』が出たのは2009年問題ない、待たされるのは『ウィザーズ・ブレイン』で慣れている。

 

きっと『冬期限定』も上下巻で刊行されるんじゃないだろうか。だとすれば全7巻ということになって、未読でも非常に手に取りやすい巻数だ。〈古典部〉シリーズはそこそこ分厚い巻もあるが、〈小市民〉シリーズは基本的に薄め(中身は濃い)。数時間で読破が可能なくらいの文章量なので、とっつきやすさも結構高い。

 

作者は前述した米澤穂信。『氷菓』とか『満願』、『インシテミル』でわりと一般的に知られるようになったのかな? 他にも『折れた竜骨』は漫画化されていたりと、最近はメディアミックスが好調な様子。面白い作品を挙げていくとキリがないので、今回は〈小市民〉シリーズの話に照準を絞っていく。

 

 

彼らを「青春ミステリ」と呼ぶ理由

僕がこのシリーズを勝手に「青春ミステリ」と呼んでいるのにはワケがある。

本作は一人称で描かれる推理小説。一人称ということは、基本的に主人公たちの見聞きしたものがすべてだ。それ以外は描かれることがないので、推理小説に一人称が多いのは普通だ。まあ、単に僕がそういう作品ばかりを読んでいるだけかもしれないけど、持論ということでひとつ。ここはキュレーションメディアではない。個人ブログだ。

 

閑話休題。それじゃあなぜ、僕はわざわざ「青春ミステリ」と呼んでいるのか。それはこのシリーズが主題に「恋愛」を置いているんじゃないかと思ったからだ。

 

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

 

「夏」の話。ここで二人は一つの転換点を迎える。 

 

一番最初に描かれるエピソードに始まり、〈小市民〉シリーズではたびたび恋愛模様が焦点になる。『秋期限定栗きんとん事件』に至っては恋愛事情に関して、作中で大きな変化が起こることになる。高校生といえば多感な時期だ、恋愛がテーマになるのは珍しいことじゃない。

 

でも〈古典部〉シリーズでは、そこまで恋愛に注力していない。あちらは「灰色の青春」であって、ジャンルは「ライトミステリ」だ。〈小市民〉シリーズは「青春ミステリ」。青春を修飾するのは何だろう。「甘美な青春」とでも銘打つべきか。そんな甘々な作品ってわけでもないけど、あらゆるエピローグを並べてみる限り、なんだかんだ「甘美」といってもいいんじゃないかなあ。

 

まだ触れていなかったけど、小鳩くんと小佐内さんの奇妙な「互恵関係」も重要な部分。彼らは友達以上恋人未満……ではなく、お互い利用し合っている関係だ。作中でもあるように「言い訳する時はお互いを盾に使う」のが鉄則。それぞれが一般的な〈小市民〉であるために協力するわけだ。なんとなく『とらドラ!』の竜児と大河を思い出すような、そうでもないような。

 

もちろん〈小市民〉であろうとするからには、二人ともおおっぴらにできない過去がある。過去の自分を幽閉して、二人は〈小市民〉の星になれるのか。ここも読んでいて面白く感じる箇所。奉太郎は割りと初期の方から「省エネ」であることから外れはじめていたけど、さてさてこの二人はどうなのか。

 

その点はぜひ、実際に読んで確かめてみてほしい。

 

 

これはあくまで「小鳩くんと小佐内さん」の物語

ミステリ作品はその方向性から様々な呼称がつく。たとえば、誰が犯人なのかを推理するのは「フーダニット」。なぜ犯罪を起こしたのかを推理するのは「ホワイダニット」というようにだ。それで、〈小市民〉シリーズをこの型に当てはめてみるなら、僕は間違いなく「ハウダニット」を推す。これは「どうやってその犯行を実行したか」に重点が置かれているという意味だ。

 

「秋」の話。小市民史上最大の事件に、二人は巻き込まれる。

 

わかりやすいのは、『秋期限定栗きんとん事件』でのキモとなる放火魔事件。大がかりな事件にもかかわらず、誰がどういう動機で事件を起こしたか、という部分はそこまで触れられていない。そう、これはあくまで「小鳩くんと小佐内さんが遭遇した事件を解決していく物語」であって、事件そのものを俯瞰して見る作品じゃないのだ。

 

もちろん、事件によっては二人が中心人物となり、その背景が仔細に描かれることもあるけど、多くは「犯人がどうやってそれを成したのか」を捜査していくエピソードが多い。特に『夏期限定トロピカルパフェ事件』に収録されている「シャルロットだけはぼくのもの」は小鳩くんと小佐内さんとやりとりが非常に面白く、読者も推理に参加しやすい形式になっている。さり気なく仕掛けられた布石に気づいた時はニヤリとできるだろう。

 

今一度シリーズ名を見てみよう。〈小市民〉シリーズとあるが、これはあくまで高校生二人が〈小市民〉を目指していくだけのエンタメ小説、というわけだ。本格ミステリでもSFでもなく、見方によっては単なるジュブナイルとして読むこともできるかもしれない。事件の全容を見るのではなく、事件に振り回され、奔走する小鳩くんと小佐内さんを眺めるというのが正しいだろう。

 

なので、純粋なミステリ作品としては〈古典部〉シリーズや『追想五断章』などに軍配が上がる。ただ、米澤穂信の青春ミステリ風味作品を推すのであれば、間違いなくこの〈小市民〉シリーズを挙げるべきだろう。……もっとも、〈古典部〉シリーズの奉太郎も最近ちょっと色気づいてきているのだけども。はやくけっこんしろ。

 

 

青春を覗き見できる、読んでおくべき名作

結論を言おう。〈小市民〉シリーズは「己の在り方に苦悩する高校生二人を青春を覗き見できるミステリ作品」だ。

 

甘く苦い高校生活を経験した人であれば共感できる事件の一つや二つあり、そうでない人にも「青春ってここまで甘酸っぱいものなんだ!」と思わせてくれる名作であることには間違いない。

 

冒頭にも記したが、今年の12月には〈小市民〉シリーズの短篇「紐育(ニューヨーク)チーズケーキの謎(仮)」の「ミステリーズ!」掲載が決まっている。

 

 

これに対する津上の反応↓

完全に言語障害 

 

読み始めるのは今からでも遅くない。僕だってこの作品自体を知ったのは中学生の時だけど、本格的に読んだのは大学生になってからだ。何かを始めるのに早いも遅いもないのなら、読み始めることだって例に漏れないだろう。

 

ただ、甘味には往々にして賞味期限がある。食べるなら早いほうがいい。

 

春の陽気も存分に感じられるようになってきた頃だ。ここはひとつ、甘いけれど、どこか苦いものを抱えている〈小市民〉シリーズを、どうかご賞味あれ。

 

 

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

 
夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

 

 

 

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