箱庭スタジオ

「どんなときも遊び心」がポリシーのクリエイター・津上夏哉のブログです。

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ゲーム探訪:ポケモンになれなかった、隠れた名作『もんすたあ★レース』

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新し懐かしのゲームを、にわかゲーマーの津上がちょいとつまんで紹介する「ゲーム探訪」。第1回はKOEI、現コーエーテクモゲームスより発売されたレース×育成ゲームの『もんすたあ★レース』を紹介。

 

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最近のラノベは、まだ「長文タイトル」が流行っているのか調べてみた

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こんばんは。引っ越しを機にラノベをことごとく売り払った津上です。ビバKindle

 

以前、あるメディアでライトノベル担当をしていた時、「今年(2015年)のラノベのタイトルの平均文字数はどれくらいなのか?」という数奇なことを調査したことがある。その時の平均は15文字だった。最近で言えば『Re:ゼロから始める異世界生活』『戦うパン屋と機械じかけの看板娘』などが該当。いわゆる文章系タイトルに比べると、別にそこまで長い印象はない。

 

とまあ、ここまでが2年前の話。じゃあ今年出たラノベのタイトルの平均文字数はどれくらいだったのよってのが今回の話。最近は少しラノベから離れてたけど、以前推していた『異世界食堂』や『ナイツ&マジック』とかがアニメ化しててほくそ笑んでいた。この流れで『霊感少女は箱の中』もアニメ化しないかな。アレは無理か。

 

与太話は置いといて、今回も簡単に調べてみた。詳細は続きから。

 

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うどんよりアレが美味しいうどん屋『米ちゃん』に行ってきた

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博多といえばラーメン、という発想はもう古い。

 

……のかどうかは置いといて、博多に住むようになってから「ラーメン美味しいけど、うどんも美味しいなあ」と思うことがとみに増えた。水沢だの稲庭だのあるけど、博多うどんも他に負けないくらい美味しいと思う。美味しいと思うんだけど、うどん屋『米ちゃん』はその限りじゃない。

 

うどんも美味しいんだけど、それ以上にアレが美味しいのだ。ご飯のおともにうってつけな、アレ。

 

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ラノベ評:『霊感少女は箱の中』は現代に蘇った学園オカルトだ

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こっくりさん」といえば、誰もが知ってる占い。学生の時に遊び半分でやってみて盛り上がった人も、またそうでない人もいるはず。ただ、この「こっくりさん」は単なるおまじないや占いではなく、立派な「降霊術」の一種であることはあまり知られていない。「降霊術」を、正しい手順で行なえずに失敗すると、どうなるのか――。そういったオカルトの顛末を描いているが、甲田学人の『霊感少女は箱の中』だ。

 

「おまじないを誰かに見られたら、五人の中の誰かが死ぬ」
 銀鈴学院高校に転校してきた少女・柳瞳佳。前に心霊事故に遭遇し退学処分となった瞳佳だが、初日から大人しめの少女四人組のおまじないに巻き込まれてしまう。
 人が寄りつかない校舎のトイレにて、おそるおそる始めたおまじない。人数と同じ数を数え、鏡に向かって一緒に撮った写真。だが、皆の画面に写っていたのは、自分たちの僅かな隙間に見える、真っ黒な長い髪をした六人目の頭だった。
 そして少女のうちの一人、おまじないの元となる少女が、忽然と姿を消してしまい……。
 少女の失踪と謎の影が写る写真。心霊案件を金で解決するという同級生・守屋真央に相談することにした瞳佳は、そこで様々な隠された謎を知ることになる──。

 

引用:電撃文庫公式サイト

 

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同人誌に「死ネタ注意」を表記すべきか考えてたら、まったく違う方向の結論になった

死ネタとは

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少し前にちょっとだけ話題になった「死ネタ注意」、小説や一次創作でも通用するのか。死ネタってのは読んで字のごとく、物語の進行上キャラクターが死んでしまうストーリーのこと。死ネタ注意はつまり、前もって表紙裏などに「この作品は△△(キャラ名)が死にます」といった注意書きをすること。どうも創作界隈ではこれをつけるかつけないかで騒いでいたらしい。

 

最近はイベント現地に赴いていないが、小説の一次創作界隈でもトレンドなんだろうか。というのもついこの間、アンソロを作るための集まりで少し話題になったのだ。一〇人に満たないグループで話題になるということは、そこそこ抗議があったりするのかもしれない。ただ、こういうのは往々にして抗議者なき抗議化して、問題だけが一人歩きしがちなので、実際に体験するまではまったく考慮しない方針であることを前もって言っておきたい。

 

で、そういう前提を置きつつも、死ネタ注意の表記は必要か否かという話をすると、個人的にはどう考えても要らないって感想になってくる。二秒で答えてやる。必要ない。そんなものは作る側で判断していい。

 

だってネタバレじゃん?

つけたほうがいい派の意見ってのは、要するに「(主に二次創作で)このキャラの死ぬ姿を見たくないから、そういうシーンがあるなら教えてくれ」ってことだろう。二次創作は元来、原作に飽き足りず更に展開された話を読んでみたい、と思った人たちが求めるものだ。そりゃあ、好きなキャラが突然死ぬ話なら読みたくない人もいるだろう。

 

そういう意味で一次創作と二次創作では、この問題の回答はまるで違う。一次創作の小説で「この小説はヒロインが死にます」って言われたら興ざめする。だってネタバレだもん。『君の名は。』の序文でこの作品はヒロインが死んでるけど、最終的に生きていることになりますって言われたら嫌だろ! いやそれはそれで気になる引きではあるけども!

 

加えて、死ネタといっても種類は様々だ。切ないラブストーリーでは、闘病の末にヒロインが死ぬことがある。かたや、スプラッターパンデミックでは息をするようにメインキャラが殺されることもある。これを同じ「死ネタ」として考えろというのは無理がある。前者なら少年漫画でも少女漫画でも使われまくってるし、そこまで文句が出ることはないだろう。これで万事解決……というわけにはいかない。

 

「死ネタ」拒否の真実は……

大きな問題がある。「このキャラの死ぬ姿を見たくない」と言っている人の多くは、前者の死ネタでも納得しない人がほとんどだと思う。それはもちろんキャラが好きだから。ゆえに、そのキャラにはいつまでも幸せでいてほしいと思っているから。そのキャラだけは不幸な目にあってほしくないから。親心に似たものになるのかね。一次創作者が陥りがちな、可愛い子には旅をさせない精神と同じだ。

 

自分のお気に入りだから、とにかく苦労させたくない。生まれ持ってのチートであってほしい。万能でいてほしい。物語が都合よく進んでほしい。言うまでもなく過保護の権化。こういった作品があっても、存在自体は問題ないと思う。ただ、読む側からしたら、お気に入りのキャラへの愛情表現を垂れ流されているだけだ。これを面白いと思うかつまらないと思うかは、作者の手腕も読者の価値観もあるだろうから特に明言しない。

 

僕自身は、かねてよりゲーテの「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない」という言葉を信条としているので、死ネタはきっかけのひとつとしては何ら問題ないと考えている。キャラが死ぬことで物語がガラリと変わるのなら、たとえば『灰と幻想のグリムガル』のようにパーティメンバーが成長するきっかけになるのなら、使っていても問題ない。

 

逆に、ただ物語に起伏を生みたいというだけの目的で死ネタを扱うのなら、それは止しておくべきだろう。殺したからどうにかなるというわけではない。創作とはいえ一人の人間だ。意味もなく殺すって、もう無差別殺人と変わらない。

 

死ネタ拒否の根本は、ひょっとしたらココにあるんじゃないだろうか。そりゃ意味のない死・必要性に欠けた死は誰だって嫌いだ。僕だってそんな小説があったら焚き火の肥やしにする。悲しみは別段、死でのみ語られるわけじゃない。物語を考えて、胃に穴が空くほど悩み倒して、それでも誰かの死がなければ物語が成り立たないと感じたなら、そこでようやく死ネタを持ってくるべきだろう。創作者ならそれくらいできたほうがいい。

 

……おかしいな。「死ネタ注意は表記すべきか否か」について語っていたつもりだったのに、気づいたら「そもそも安易に死ネタを使うべきではない」という方向に話がネジ曲がってしまった。

 

まあ、まったくもってその通りなわけだけども。 

 

結論

死ネタ表記自体はあってもなくてもいい。そこはジャンルの問題もあるだろう。個人の裁量だ。僕は要らない派。君は必要派? それでもいいと思う。

 

問題は死ネタ表記云々ではなく、本当にその死ネタは必要なのか、今一度考えてみるべきということだ。 これは作者の技量が問われる部分。キャラが死ぬことでしか悲しみを表現できないと思っているなら、創作のイロハから考え直さなければならないかもしれない。

 

ちなみに、僕の作品はそもそもの全体テーマが「死生観」であって、「人の死」を中心に話が動くため、(市町村単位で)バシバシ人が死ぬので、そこんとこよろしく。