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はつかねずみは何処へゆく

「どんなときも遊び心」がポリシーのWEBクリエイター・津上夏哉のブログです。

たとえ話は文章を鮮やかにしてくれる

雑記

■津上です。先日は九州プレコミティアお疲れ様でした。僕は田舎へと帰っておりました。福岡でこういったイベントが増えていくのはとても良いこと! 参加の可否はあれど、一様に応援していく次第です。

 

ただ、本の杜のような事例が増えるのも考えもの。単純に増やすだけではなく、地元に根ざす伝統的なイベントとして価値を見出していきたいねえ。本の社はどうなるんだろうか? 主催と運営スタッフが連絡を取れていない時点でブラックボックスが否めないけれども、まあ、ここでとやかくいう話でもない。

 

■たとえ話は文章を鮮やかにしてくれる。僕は最近そういうことを思っている。最近というか、自覚したのがごく最近。あらゆる物事をたとえ話で表現してみることは、つまり対象物を飲み込んで噛み砕いて自分の言い方で作り出すわけだから、創作能力を高めるにはうってつけ。

 

たとえば「捨てる」という言葉。「そんなプライドはとうに捨てた」なんて文章があったとする。でも、捨てるなんて表現は結構使う。だから被りが気になってくる。そこで言い換え、つまりたとえ話の出番だ。「捨てる」を違う言葉に言い換えよう。なんでもいい。「燃えないゴミに出す」とか。そうすると「そんなプライドは燃えないゴミに出してきたよ」なんて言いまわしに。あらやだなんとなくアメリカンジョーク感。みんなもどうだろう、レッツらたとえ話。これ、話術の向上にもつながるよ。

 

■最近めっきりとコンシューマゲームをやらなくなった反動で、スマホゲームにハマりだしている。今はもっぱらモンストファイナルファンタジーとのコラボなんて、久しぶりに『Ⅴ』の戦闘BGM聞いて感動してしまった。でも、だからといって「久しぶりにFFⅤやるかあ」なんて気分には不思議とならない。

 

腰を据えてゲームをやることに忌避感でも覚えてしまったのだろうか。モンストのマルチはとても楽しいのだけど、一人でゲームをやっているとただただ寂しい。単純に人肌に飢えているだけなのか、性質として協力・対戦ゲームを求めているのか。来月初旬には任天堂からSwitchが発売されて、僕も買うつもりでいるのだけど、はたしてどこまでハマることができるのか。

 

歳をとったせいだとは思いたくない。ゲーム以上に面白いものが見つかってしまっただけで。

 

■はつかねずみがやってきた。それでは、また。